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私の音楽歴(6)

ヴィエニヤフスキ国際コンクールでは、大学で日本語を勉強している

ボランティアの学生さん達が通訳をしてくださり、

とても有り難かったのを覚えています。 またコンクール中、私がリハーサルや練習をしている時に、

母を観光に連れていってくれたりもしました。 まだポーランドが民主化して間もない時期で、

「食事は草履みたいなステーキと、サワーキャベツばかり

出てくるから、日本食を持っていくといいよ」

と先生から聞いて心配していたのですが、行ってみたら、食事は大分

改善されていて、ホッとしたのを覚えています。 そして、コンクールの方は、まさか2位になれると思わず

びっくりしました。 ポーランドの方々は皆親切で温かく、通りを歩いていると

「演奏とても良かった」とか、声をかけられることもありました。 子どもの頃は目立つ存在ではなく、親にもほめられたことのなかった

自分でも、頑張った結果、演奏を認めてもらえたことが

とても嬉しかったです。 でも、今思うと、当時私の考えていたことは、あまりにも

子どもすぎました。 コンクール入賞後、どのようにするべきか、何も分かっていません

でした。 そして、分かっていないまま、進んでいってしまいました。

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昔、エリザベート王妃国際コンクールに参加した後のレセプションか何かで、そこに居たベルギー人の方から、「東洋の演奏家が多く入賞するけれど、なぜ日本人の貴女が西洋の音楽を演奏するのですか?」と聞かれたことがありました。 その時は、自分でも「なぜヴァイオリンをやっているのか?」「日本のことを良く知らないのに、外国の楽器であるヴァイオリンを、さも良く知っているかのように弾いているのは何故なんだろう?」と葛

1月に、嬉しいメールをいただいたのですが、何度返信しても戻ってきてしまいました。 とても温かいメッセージだったので、是非お礼をお伝えしたいと思いながら、どうしたら良いか分からず日が過ぎていました。 先日、他の方法を思いつき再度送ってみたら、送信はできましたが、もう1か月経ってしまって、お読みになられたかも分からないので、こちらにもお礼を載せようと思い立ちました(こちらも見ていただけないかもしれませ

夏から秋にかけては、8月末~10月までが日本音楽コンクール、 11月にはポーランドで行われたヴィエニヤフスキ国際コンクール と、立て続けにコンクールがあり、課題曲も違うので大変でした。 日本音楽コンクールでは、今でも本選をNHKで放映していますが、 当時も放映された本選での自分の映像を見て、まだ弾き方に 自己流が残っていて、がっかりしたことを覚えています。 また、本選直前まで曲に乗り切れずヒヤヒヤ

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